ebiten0のブログ

時々書きます。百合が好き。

『安達としまむら』というタイトルについて

めーっちゃお久しぶりです。えびてんです。

もはや覚えている人はいないんじゃないかと思うくらいの期間音沙汰無しでしたね。何していたかというと、学校と課題と新しいバイトを始めるなどわちゃわちゃしてました。大学生ってもっと華々しい気楽なイメージだったんですが、現実はそんな甘くありませんね。

しかし、そんな忙しい中でも、私は安達としまむらを読む事だけはやめることがなかった。私は定期的に1〜10巻。特典小説など全て通して見るようにしているのですが、この忙しい数ヶ月の間。なんと10巻だけを永遠に見ていました。明日はどの巻を読もうと悩むほど頭の余裕がなかったのかもしれませんが、同じ巻でも全く飽きる事なく読み続けられる安達としまむらには秘められた魔力がありますね…!

身の上話もそこそこに、今回は『安達としまむら』というタイトルそのものについて話していきます。皆さま、『安達としまむら』と何度心の中で呟いたか、何度口に出したか覚えていますか?アルバイトをしている私が「いらっしゃいませー」と言う回数などと比較できないほどに思い、口にした言葉だと思います。

普段口にしている『安達としまむら』ですが、今回はこのタイトルに隠された意味を深読みしました。めっちゃ短いですが、是非読んでいってくださいね。

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第10巻49ページ、安達の文章でこのようなものがあります。

しまむらと、私の家」

これはしまむらと明日から暮らすことになる安達が電話で言っていた台詞です。安達の思考にはまず『しまむらと』というのが前提として存在します。しまむらと〇〇するといったしまむらノートなるものを生み出す程に。この安達としまむらという作品、10巻に到達するまでに様々な経験を2人ともしてきました。その中で、安達からしまむらへの想いというのがまず描かれ、8巻、9巻、10巻としまむらから安達への想いが描かれ、一方通行でなく、まさに両想いになってきていると実感できます。

図にすると

安達→→→→→→→ ←←←しまむら

だったのが、

安達→→→→→ ←←←←←しまむら

と釣り合いが取れてきているように思います。

そこで私が最も言いたいのは、安達は『しまむらと』がずっと前提としてありましたが、8、9、10としまむらも『安達と』という事が前提になってきている点です。

安達と付き合うことになり、好きであると自覚し、時間が経つにつれ安達だけでなくしまむらも『安達と一緒であること』が意味を持つものになってきていると思います。

 

これらを踏まえ、WEB小説にある『としまむら』を読んでみて下さい。この『としまむら』には『未完成』が描かれています。安達の心象風景の具現化のようなものがあり、安達にとってしまむらがいて完成する世界があると読み取れます。

『としまむら』では安達の心ゆえ、しまむらばかりがいる世界が描かれていましたが、しまむらの場合、家族や友人が心象風景には存在することだと思います。しかしやはりしまむらが看板を見ることになった時、そこには『安達と』が真っ先に描かれる物だと思います。

しまむらにとっても『安達と』いる事により完成する世界があると思うのです。『安達と』『しまむらと』。2つが重なった物が『完成』。

つまり、10巻まで積み重ね、最終的な『完成されたもの』こそが『安達としまむら」。そう、このタイトルの意味する物なのだと思います。

また、この作品、一見2人とも主人公のように思えますが、一応しまむらが主人公であると入間人間様はおっしゃっています。新春主人公アンケートには2人いたしどっちもでは?と思うかもしれませんが、一応、しまむらです。もう一度言うと、安達からはすでに『しまむらと』というのが前提となっています。最近の10巻あたりではしまむらからの安達への想い、『安達と』という考えが生まれてきているに思えます。そのしまむらの心情の変化、完成に近づく描写こそがこの作品の本質なのではないでしょうか。

それに、私たちは文字だけではありますが、一巻の頃からすでに『完成された安達としまむら』をタイトルで見ていたわけです。2人の到達する最終的なものが『安達としまむら』であり、10巻ではその完成される寸前にまで思えるように描かれていると思います。12巻までとのことですが、きっと最後の最後には『完全なる安達としまむら』が見られる事でしょう。

 

 

あとがき

いかがでしたでしょうか。軽くまとめると安達としまむらというタイトルには『「安達と」「しまむらと」という2人の考え、それによるいづれ辿り着く完成された姿。』を表しているのだと考えました。

私のこの考えの最も恐ろしく、凄いと思うところは『安達としまむら』というタイトルを決めたのが入間人間様でなく、編集者さんというところです。他者に決められたこのタイトルにこのように意味を持たせる事ができると思うと、本当に入間人間様は神なのでは??となります。一生ついていきますぜへへへ…。

こういった私がブログで書く事って本当は全部口頭で説明したいっておもってますねー。めっちゃ気持ち悪いテンションで早口で話してしまうだろうけどどれほど凄いって思っているのかをこう…躍動感?みたいなのをひっさげて説明したい。あだしまオタクの体現になりそう。色々想像したら凄い気持ち悪い感じになりそう。やっぱ品格大事にしていこうか。

考えたタイトルの意味を今回は説明しましたけど、まぁ皆これくらい思ってるよね?って感じの内容で申し訳ないです。10巻ばっかり読んでいてこの作品の本質へ自分が気づいている以上に近づいているのではないかと思い始めていました。ボスへ知らず知らず近づくリゾットネーロみたいですね。(最近ジョジョ見た)

それはそれとして読めば読むほど終着点が見えてきそうで、相変わらず怖いですね。もうすぐで今年が終わっちゃいますが来年11巻発売しますかね?きっとする。終わりへ近づきそうで発売して欲しいようなして欲しくないような複雑な感じです。

来年といえば!そう!来年、やっっと岐阜へ行きます!聖地巡礼です!14万円くらい今貯めてます。もう何年前から計画していた事でしょうか…今年こそ行くぞ!と息巻いていたらコロナが現れたりしておじゃんになったり色々大変だったけど、来年の夏!行きます!贅沢してきます!楽しみ!!多分モレラ岐阜とか着いただけで泣くと思う。それくらい楽しみ。

また何かあったらブログも書くようにしますね!はっぴーぐっばい!

 

おまけ『タイトルロゴの種類』

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タイトルロゴ可愛い。好き。